タバコ休憩は不公平?職場での喫煙問題を生産性からも考える

喫煙対策、受動喫煙、タバコ休憩
回答いただく専門家は、受動喫煙防止対策コンサルタントであり、コンサルティングチームM&Iの代表 板垣政行氏です。

はじめに

私はもともと総務・人事系のコンサルタントなのですが、厚生労働省より委託を受け2013年から職場の受動喫煙防止対策として全国300を超える事業所での喫煙環境調査と改善指導を行ってきました。喫煙室では喫煙者の話を聞き、その外ではタバコを吸わない人たちの話を数多く聞いてきたのです。

これまで職場における喫煙問題というと、喫煙所周辺が臭いとか煙が漂っていてイヤだなどという体感的な嫌悪感によるものがほとんどでした。しかし、最近ではネットなどを中心に「タバコ休憩は不公平だ」という感情論が沸き起こってきています。

これって、実際の労働現場ではどうなのでしょう。喫煙者と非喫煙者が共生できる職場創りを進めてきた者として、そして人事評価の観点から労働生産性の向上を指導してきた者として、この問題を検証してみたいと思います。

この30年で職場の喫煙環境はどう変わってきたか

自由にタバコが吸えた昭和の職場

私が大学を出て会社勤めを始めたころ、各自の机には当たり前のように小さなアルミの灰皿が置かれ、会議室などもうもうたる煙でこまめに窓を開け閉めしなければホワイトボードの文字すら見えないほどでした。

今でも古い映画などを見ると、俳優たちがタバコを手にしたまま仕事場のデスク周りで熱い議論をしていたりします。それを見たお父さんたちは、「昔はよかった…」などとため息をつくわけですが、今やTVや映画で喫煙シーンが出てきただけでクレームが寄せられる時代です。もちろん当時だってタバコを吸わない人はいたわけで、その人たちにとっては結構苦痛な職場環境だったことは間違いありません。

ただ、当時の風潮として「タバコをかっこよく据える男性は素敵」みたいなのがあったのもまた事実。TV・映画などの映像だけでなく、歌謡曲などの歌詞の中にも“タバコの煙”や“タバコの残り香”などというフレーズがよく出てきました。時代は変わりましたねぇ。

受動喫煙対策の契機は1988年の世界禁煙デー制定

タバコの害については1950年代からアメリカを中心に少しずつ言われるようになりましたが、受動喫煙による健康被害が指摘されるようになったのは1960年半ばから1970年初頭にかけてです。しかし、これも一部専門家以外にあまり広まることもなく、1980年代半ばにおいても職場内は前述のようにタバコフリーの状態が続いていました。

この野放し状態が変わる契機となったのは、やはりWHO(世界保健機構)が強烈にプッシュして作り上げた「世界禁煙デー」の存在です。

WHOの設立40周年を機に1988年にその制定が決まり、翌1989年以降5月31日を世界禁煙デーとして様々なイベントや啓蒙活動などが行われるようになりました。これ以降、喫煙することによる喫煙者の健康被害だけでなく、その周囲の人に対する2次的健康被害についても大きく叫ばれるようになっていったのです。

喫煙人口の減少とともに広がった排除の理論

昭和40年に男性82.3%(女性は15.7%)という驚異的な数字だった日本の喫煙率は、この第1回世界禁煙デーの年には男性61.2%(女性13.1%)と減少し、平成の14年にはついに男性49.1%(同14.0%)と50パーセントを切るようになります。

この辺りから喫煙者に対する風当たりは強くなりはじめ、平成16年にはTV.ラジオでのタバコCM全面禁止、新聞雑誌等への規制強化が決定されました。そして、男性の喫煙率が30パーセントそこそこになった平成23年前後、「喫煙者は悪者」という風潮が絶対的正義としてスタンダードになっていきます。

おりしもパワハラやセクハラといったハラスメント行為が多様な分野に飛び火し始めた時期であり、喫煙という行為自体が環境及び周囲へのハラスメントであると認定されていったのです。

職場の受動喫煙防止対策の取り組み

タバコ被害を食い止めるための「健康増進法」

平成14年8月に、これまでの栄養改善法に変わり制定されたのが健康増進法です。

この中で「多数のものが利用する施設においては受動喫煙を防止するために必要な措置を講じなければならない」という文言がありますが、特に罰則規定があるわけではなく、いわゆる【努力義務】というものでした。その後、世の風潮に合わせこれを厳格化しようという動きが加速しますが、国会においてもさまざまな思惑が織り交ざり改正案がまとまることはありませんでした。

この問題に劇的な変化が訪れるのが、平成25年に東京オリンピックの誘致が決まったこと。これに合わせるようにWTOから「日本の喫煙環境は最悪だ」という勧告を出され、日本政府としても動かざるを得ない状況となりました。そしてついに2018年7月に健康増進法の改正が成立し、2020年4月からの施行が決まったのです。

厚労省が実施する具体的な受動喫煙防止対策

この改正により、受動喫煙に対する考え方は【マナー】から【ルール】へと変わります。

病院や学校、行政機関では建物内はもちろん敷地内禁煙(屋外に喫煙所の設置はOK)、飲食店は規模によって救済措置はあるものの基本的に禁煙(喫煙専用室のみ喫煙可)、それ以外のすべての施設が原則屋内禁煙となります。まぁ、この「基本的に」とか「原則的に」というのがくせ者ではあるのですが、従来と違い違反した施設管理者には最大50万円の罰金が科せられ、禁煙エリアで喫煙した個人に対しても最大30万円の過料が命ぜられることとなります。

オリンピックという一大イベント開催と国際機関からの外圧があったからとはいえ、一向にまとまらなかった罰則規定ができたことは受動喫煙防止を推進するうえで大きく前進したことは間違いありません。

職場の受動喫煙防止対策の実際

厚生労働省では、これまでも職場の受動喫煙防止対策として『喫煙室に関する空気環境測定などの機器貸し出し』と『受動喫煙に関する相談受付と啓蒙イベント実施』などを行ってきました。私たちもこれに関わり、北は北海道から南は九州鹿児島まで全国を行脚し300を超える事業所や行政機関で環境測定と改善指導を実施しました。

そこで実感したのは、やはり会社の規模によって受動喫煙への対策に差が出るということ。

一定以上の規模であれば健康管理を専門に取り扱う部署があり、産業医や看護師がいることも当たり前。当然ながらそういう会社では社内の喫煙環境整備もしっかりやりますが、中小零細においてはなかなかそこまで手が回らないのも事実です。また、小さな事業所ではトップが喫煙者であるか否かによってその取り組み具合が大きく変わったりします。

権利と権利のぶつかり合い

喫煙所測定調査でわかること

私が各地の事業所に赴いて、まず最初にやることは喫煙所の調査です。

最近は測定する機器も増えてきましたが、基本的には気流計で喫煙所内部及び境界のドア付近の空気の流れを測定し、厚労省ガイドラインの0.2m/sが確保されているかどうかを見ます。そして浮遊粉塵計で粉塵濃度が0.15mg/㎥以下であるかどうかを確認。さらに一酸化炭素や二酸化炭素、臭気などを測ります。これは喫煙所内部はもちろん、その境界線部分(ドアとか)や喫煙室に近い廊下やエレベーターホールなどでも実施するのですが、その際に喫煙者と非喫煙者双方といろいろな話をしたりします。まぁ、非公式な聴き取り調査ですね。

どんな業界でも「現地調査」というのは大事なのですが、この喫煙所測定においても喫煙所周辺の数値データに加え、そこにいる人たちの生の声を聞けるというのは大きな成果につながるのです。

タバコを吸う権利と吸わない権利

喫煙がどこでも自由にできなくなってからそれなりの月日が経ち、喫煙者たちはほぼそれに慣らされてしまっています。

「まぁ、こういう時代ですからねぇ」という言葉とともに、「だからこそ喫煙室では自由に吸わせてくれよ」という本音もさらけ出します。一方、非喫煙の方からは「ここの廊下が臭いし茶色いヤニ汚れが…」とか「エレベーター降りた瞬間に、タバコのにおいが漂ってきます」などという苦情が。タバコを吸う人は「限られた中で残されたわずかな権利」を主張し、吸わない人たちは「タバコの煙の無い快適な労働環境の権利」を主張します。

ちなみに、厚生労働省のガイドラインで言われているのは気流と浮遊粉塵濃度だけですが、私たちチームM&Iが独自に導入している臭気計を使えば、これまでは感覚的でしかなかったタバコ臭が数値として「これだけ臭いっていう証拠が出ましたよ」と言えるようになりました。私はタバコを吸う権利も尊重しますが、かといって人を不快にしてもいいという権利など存在しないのです。

職場のタバコ問題で苦悩する労務管理セクション

私たちに測定調査を依頼してくるのは、企業や団体の総務・労務管理セクションやオフィスビルし、管理会社の担当者がほとんどなのですが、彼らも双方の権利主張に苦悩しています。

ごくわずかの企業に残るどこでも自由にタバコが吸えるという環境は論外ですが、建物内にちゃんと喫煙所を設けている以上今後も法的には問題無しです。しかしながら、喫煙所から漏れ出る臭気がある以上そこには有害物質の存在も疑われますし、その臭いや壁の汚れなども非喫煙者から見れば嫌悪感以外の何ものでもありません。それに加え、昨今言われるようになってきたのが、表題にある通り「勤務時間中に喫煙室にいるやつってなんなの?ただのサボりじゃん」という意見です。

こうした不満、実は調査の現場では一度も耳にしたことがないのですが…特にネットではそんな趣旨の記事も目立ちますよね。

労働生産性から考えるタバコ休憩の是非

タバコ休憩はずるいのか、それとも…

そうした記事の多くは2つの理由によりタバコ休憩は害悪であると断言しています。

ひとつ目は「勤務時間中なのだから喫煙者だけ休憩できるのはずるいし、仕事の効率も悪い」というもの。そしてふたつめが、「その人がいない時、電話応対など非喫煙者が代わってやるのはおかしい」という意見です。まぁ、確かにそう思ってしまう人がいるのも当然でしょう。

一方、喫煙者に言わせれば「喫煙室で他のセクションの人間とコミュニケーションをとることは非常に有用だ」とか、「集中をいったん解き、また新たに集中するための大事な時間だ」と主張します。世の中の流れに迎合するならば、この記事においても「タバコ休憩は不公平であり、害悪である」という論調でまとめ上げるのが無難なところでしょう。しかしながら、労働環境のコンサルタントとして私はちょっと違う視点も重要なのだということを述べてみたいと思うのです。

喫煙者と非喫煙者の労働生産性

人間が集中して物事に取り組める時間は、実はわずか15分程度と言われています。適度に緩急を付けながら続けたとしても60分、頑張って90分が限界です。小学校や中学での授業時間がたいてい45~60分、大学で90分というのも、そんなところから決められています。つまり、非喫煙者が席を離れることなくずっと机に向かっていたとしても、3時間も4時間も集中し続けることなどできないのです。

デスクから喫煙所まで距離があり、喫煙時間も入れると30分も40分も帰ってこないというのはちょっと問題ですが、常識の範囲内でのタバコ休憩は個々の労働生産性に影響は与えないといっていいと思います。実際、事業所の喫煙室で測定しながら様子を見ていると、半数以上の人は何らかの形で業務に関係する会話をしています。優秀な人間はタバコを吸おうが吸うまいが、やっぱりちゃんと仕事をします。とはいえ、タバコを吸わない人たちの不公平感が、それでぬぐえるわけではありませんよね。

社員みんなの休憩ルールを作ることが肝要

先ほど述べたように、人間の集中力には限界があります。ですから、タバコとは関係なく適当な間隔でリフレッシュタイムを設けることは有効的です。喫煙者はその時間に一服しに行けばいいし、そうでない人は休憩室や食堂で一休みをし、また集中力を高めるために気分転換をします。職人さんって、お昼以外にたいてい10時と3時にお茶の時間を作ってますよね。

あれって、事故防止のためにとても大事な時間なのだそうです。事務職だって、ミスの防止や眼とアタマの疲労回復のためにそういう時間を設けるべきだと思います。例えば、どんな重要な会議やセミナーであっても3時間ぶっ続けでやったら後半は誰も聞いてませんから。 喫煙所の時間制限をし、禁煙タイムを決めている事業所もありますが、やっぱり不公平感是正のためには全員一律でリフレッシュタイムを取る必要があります。それができないような会社なら、はっきり言って労働生産性の向上はむつかしいと思いますよ。

まとめ

ここまで、職場の受動喫煙対策の現状と、労働生産性という視点からのタバコ休憩の是非について述べてみました。私は、タバコを吸う人も吸わない人も同じ目標に向かって進む仲間として互いに思いやり仕事をしてもらいたいと思っています。

私たちのチームが依頼を受けるとき、クライアント企業に対して「可能ならば事前に社員アンケートを取ってもらいたい」とお願いします。社内の喫煙環境にどのような課題感があるのか、そしてそれはどのように改善が見込めるのかをすべての社員とともに考えていきたいのです。

喫煙室がそこにあって人が出入りする以上、どんなに喚起に気を遣ったとしてもイヤな臭いの存在は消えません。ですから、通常の紙巻きタバコよりは煙も臭いも少ないとされる加熱式タバコの専用ラウンジへの切換えということも提案し、都内や大阪といった大都市圏の大手企業を中心に、結構な数の会社が賛同してくれています。

すべての社員が気持ちよく仕事をするために必要な環境を整えること、これが私たちの仕事です。お勤めの会社がそういう環境でないと不満をお持ちなら、ぜひ一度私たちにご相談ください。