資料作成代行の専門家の起業エピソード「ビジネスアシストパートナ株式会社」

回答いただく専門家は、資料作成代行の専門家であり、ビジネスアシストパートナ株式会社の代表 山橋 美穂氏です。

Q.学生時代はどんな学生生活を過ごしましたか?

皆さんこんにちは。ビジネスアシストパートナ株式会社代表取締役・資料作成コンサルタントの山橋美穂です。

私は小学校・中学校と、同級生が皆東大に行ってしまうような、当時東大進学率5位の国立の進学校に通っていました。

私は勉強が大嫌いで、人生で勉強をほとんどした事が無く、勿論成績も下の方だったんですけど、絵を描くのが凄く好きで絵描きになろうと思っていたので、高校受験の時に絵の専門学科がある芸術で有名な都内の女子高の推薦を貰っていたんです。けれども、入試ギリギリの時期になって「もしこの歳で絵画の専門の高校に入ってしまったら、もう私には絵しか無くなるんじゃないか?」と考えました。「自分の可能性が絵しか無くなるのではないか、潰しが効かなくなるのではないか」と1月くらいに急にちょっと怖くなっちゃったんですね。15歳のクセに。(笑)

それでせっかく推薦をいただいていたのですが、芸術学部で有名なその高校を蹴りました。そして急遽一般の私立高校を受験するワケですが、勉強が大嫌いで、ずっと勉強して来なかったので、勿論受験なんかに受かるわけが無く、3校受験した中で2校落ちて。唯一受かったのが、私の地元の世田谷屈指のバカ女子高と言われている、当時は渋谷での知名度トップ3に入るような遊んでいる女子高で、「ま、受かったからいっか。」という感じでその高校に入学しました。

そこから私も高校3年間はとにかくひたすら遊び尽くしました(笑)ちょうど私が高校生の時にコギャルブームが流行って、アムラーとかそういうものも全部私が高校の時に出てきたんですけど、同じようにいわゆるギャルの女子高生…まぁ私は自分をギャルではないと思っていますが、毎日のように渋谷や自由が丘や原宿を無意味に闊歩していた、そんな高校生時代を送りました。

でも毎日がとにかく楽しかったですね。「いかにどうやって毎日を楽しむか?」という事しか頭に無かったと思います。(笑)先の自分の将来とかって漠然としか頭に無くて、とにかく日々を楽しむ事が最優先。本当に毎日友達と笑っていた、そんな学生生活でした。

Q.社会人時代はどんな企業で勤めてたんですか?

私は青山学院短期大学の芸術学部を卒業したのですが、芸術学部って「普通に就職したらダメ」みたいな風潮があるんです。暗黙の了解というか・・・普通に就職するのではなく芸術家を目指しましょうみたいな雰囲気で、私も就職は1ミリも考えていませんでした。元々お洋服が大好きなので、青学を卒業したらアパレルショップでアルバイトをしたいと思っていたところ、知り合いにちょっと有名なアパレル会社の社長がいて「ちょうど原宿にフラッグショップを出すから、美穂、販売員やってみない?」と声を掛けていただいたので、そこで2年くらいお洋服の販売員をやっていました。

しばらくして両親に「美穂は社会を知らない」と言われて「じゃあちょっと社会勉強しようかな」という事でアパレルを辞めて、派遣社員としてある大企業のビッグプロジェクトの事務職でお仕事を始めました。

それが初めてのOLだったんですけれど、幸運にもその大企業の社運を賭けたような物凄いビッグプロジェクトに入れていただいて、確か2千人くらい関わっていたと思うんですけれど、その2千人を統括するメンバー10名くらいのトップ集団の事務をやらせていただいたんです。勿論OLも初めてでしたし、そういった大企業も初めてで、しかも何百億円もかかるようなビッグプロジェクトだったので、その中のエリート脳みそ軍団の方達とお仕事をさせていただいて、「あ、こういう風に仕事に取り組むのか」ととても勉強になりました。仕事の取り組み方とか、物の考え方とか、そういったものを間近で見させていただいて凄く面白いなと思ったんです。

例えば、出来ない事を無理やりやるのではなく、出来ないと早めに伝える、とか。出来ない事を出来ないとわかっていて闇雲にチャレンジしたら、周りに迷惑がかかってしまうだけ。「コレは無理だな」とわかった時点ですぐに助けを求めるとか、そんな当たり前の事なんですけど、そういうのも私が24歳の時に何も知らない中で、そういった背中をみて仕事のやり方とかを学ばせていただいて、それが今の自分に物凄く影響していると思っています。本当に楽しかったし皆とても仲良しで、夜中12時過ぎまで皆で仕事をしていてもそれが全く苦にならない。プライドを持って「やってやる!」という仕事の取り組み方や姿勢が凄く楽しくて。その時の派遣の経験があるので、今の自分があるかなと思っています。

Q.起業した時期ときっかけは何だったんですか?

私は2012年にフリーランスとして資料作成コンサルタントというお仕事を始め、2017年に法人化してビジネスアシストパートナという会社を立ち上げ、今は代表取締役としてお仕事をしています。

派遣社員として働いた後に1年ほど海外に行き、帰国してからまた派遣社員として外資系の証券会社のIBD(投資銀行本部)という部署の資料作成の専門チームに就業しました。

IBDはみんな1秒を競うようなスピードで仕事をしており、資料作成を頼まれると、頼まれてからそれ程時間が経っていないのに「まだ?いつ完成するの?」と凄く急かされるんです。このバンカーたちのスピードに合わせて資料を作っていかなければならないので、必然的に「どうすればパワーポイントを早く扱えるようになるか?」「どうやれば素早くエクセルでグラフを作れるようになるか?」「どうすれば資料が上手く作れるようになるか?」とそればかりをずっと毎日考えて仕事をするわけです。そんな実務の中で勝手に資料作成のスキルが身についていきました。

ちょうど13年くらい前にマッキンゼーという外資系コンサルタント会社が資料作成のハウツー本を出版したんです。今でこそ資料作成のハウツー本は溢れるくらいたくさんあって、私も何冊か出版させていただいていますが、当時は全くそういった書籍が無くて、資料作成自体もそれ程メジャーではありませんでした。

マッキンゼーが出版した資料作成のハウツー本が爆発的な大ヒットで物凄く売れて、同じ時期に日系企業に勤めている知人から「資料を作らなきゃいけないけど作り方が全くわからない。パワーポイントの使い方も全くわからない」という相談を受け、「これはもしかしたら私が実務で培ってきたスキルに対して需要が在るかもしれない」とピンときました。この頃から漠然と独立が頭に浮かび、その後、外資系証券会社の資料作成に対してしか実績が無かったので、色んな業界の資料を独自で勉強して、2012年にフリーランスとして独立をしました。

Q.起業したときは一人でしたか? また起業時のお金はどうやって準備しましたか?

私は最初にフリーランスとして独立をして5年間お仕事をした後に法人化しているのですが、フリーランスは特に準備金とかも要らないので、自分の多少の貯蓄でフリーランスとしてお仕事を始めました。その後、5年間の実績があるので比較的簡単に株式会社を設立する事が出来ました。株式を起ち上げた時も、都心に大きいオフィスを構えるとか、いきなり人をたくさん雇うという事はせず、自分の許容範囲内で法人化を進めたので、諸々の準備は全て自分でやりましたし、お金の準備も大変な事とかは特に無く、自分が出来る範囲で法人化しました。

Q.起業してこれまで苦労をされましたか?

私の場合は一応多少は蓄えがあったので、フリーランスとして資料作成コンサルタントを始めて、多方に独立する旨は伝えていたので、最初は紹介などでお仕事をいただいていました。

有り難い事にお仕事をするとだいたい9割の方が喜んでいただくんですね。私は営業が凄く苦手で自分から営業をかけられなかったので、「頂いた仕事をとにかく誠実にこなそう」と思っていて、それだけは未だにずっと心しているのですが、そうしているうちに本当にお客様に感動していただくようになって、次のお客様を紹介していただいたりとか、他の方に「こういう資料の専門家がいるよ!」と紹介してくださって、お仕事が徐々に増えていきました。

なので、これといって物凄い苦労というのは有り難い事にしていないです。自分から営業をかけるとか、色んな事を自分から仕掛けるという事をした方が良かったのかもしれないですけど、それよりは与えられた仕事をとにかく誠実に、自分が勝ちたいとか自分が稼ぎたいとかではなく、相手ファーストで気持ちを込めてお仕事をしていたら徐々にお仕事が増えていったという感じで、なのであまり苦労話はありません。

仕事の浮き沈みは多少ありますが、いかなる時もそのマインドだけは全然変わっていなくて、お客様ファースト、お客様あっての自分があるというのは崩さずにお仕事に取り組んでいます。そうすると結果、感動していただいて色んな方を紹介していただくという形で、今もお仕事をしています。

Q.現在のビジネスモデルは起業当初と同じですか?

ビジネスモデルはフリーランスの時から変わっていません。ただ、現在会社を立ち上げて3期目なのですが、ちょうどこれから会社をどうしていきたいかという将来的なビジョンが少し出来てきたというか、ビジョンが少し変わってきたので、今そこに合わせてビジネスモデルを新しく考えて作っています。

事業を拡大したりとか、新しい事業を取り入れたりとか、今の時代は新しい物を生んでいかないとなかなか会社を大きくする事が難しい時代なので、私もそこに合わせてビジネスモデルを再構築している所です。

Q.起業に向いているのはどんな人だと思いますか?

行動力がある人だと思います。行動力があって、決断力がある人。決断力が無いのは経営には結構致命的だと思います。私もそこそこ決断が早い方で、勿論慎重な部分は慎重なんですけど、グズグズはそんなにしていないと思います。タイミングって物凄く重要で、タイミングが分かっていないと掴むものも掴めなくなってくるので、そこの見極めがちゃんと出来るのはやっぱり決断力がある人かなと思います。あと勿論それに備わって行動力が無いと何のアクションも取れないので、この2つは非常に重要なポイントかなと思います。

あとは仲間を大切にする人。仲間を大切にしない経営者って多分駄目だと思います。ちゃんと人を大切に出来る、自分の仲間を大切に出来るという人が向いていると思います。

Q.新たな夢や目標はありますか?

自分の会社をシングルマザーを優先雇用する企業にする事が夢です。
今、社会で「女性が活躍出来る社会にしよう」とか、安部政権とか国をあげて「女性が活躍出来る場を!」という風に謳われていて、実際にキラキラ女子も凄く流行っていて、私を含め女性起業家もたくさん出てきていますが、実情は、シングルマザーが凄く多いです。

シングルマザーの平均年収ってご存知ですか?シングルマザーは平均年収が約250万円です。それは何故かと言うと、正規雇用が難しいからです。子供中心の生活で、色々と子供をケアしなければいけないので、自分の仕事だけに集中する事が出来ない。なので正規雇用が難しく、パートとかアルバイトという雇用形態になりがちです。

逆にシングルファーザーはどうかというと、お父さんはシングルでもちゃんと正規雇用されています。なので年収がちゃんと保障されている。シングルファーザーの平均年収は400~500万円と、子供を育てる事が出来る金額なんです。200万円なんて言ったら子供がもし2人いたらとてもじゃないけど育てられないですよね。

それなら国がシングルマザーに何かしているかといったら全然そうではなくて、ただ「女性が活躍出来る場を作ろう」と言うだけで、しっかりとした働きかけをしていない。

実際に女性起業家は凄く多いです。キラキラ女子もたくさんいて、憧れの的みたいな人がいっぱいいるんだと思うんですけど、そういう方達って、例えば時間があるとか、お金があるとか、何かしらそういうモノを元々持っていて、活躍出来る場を自分で作れる。じゃあ毎日の生活に追われていて子供のケアもしなければいけない、勿論年収200万円なんかじゃ子供を育てられませんから夜にスナックで働いたりとか、24時間ずっと働きっぱなしで生活に追われている女性がどうやって活躍出来るのか?起業の準備をする時間も無ければお金も無い中で到底自分達が活躍する場なんてものは作りえない、作りづらい環境が現状だと思います。

そういった人達もちゃんと夢を見て、そういう人達が輝けるような日本にならないと「女性が輝く社会を作る」なんてとてもじゃないけど言えないと、私は思っています。

弊社の仕事はパソコン1台あればどこでも出来る業務内容なので、子供の傍で仕事をすることも出来ます。シングルマザーを優先雇用して本当の意味で女性が輝ける、全ての女性が平等に輝けるチャンスを得られるような社会にほんのちょっとでも協力出来るような、自分の会社をそんな企業にする事が今の夢です。せっかく経営者になっただから、しっかりと社会に貢献出来るような会社に成長させていきたいと思っています。